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モトシクレタ日記 【風の王国 パタゴニア編】

2020.6.24 / 松本潤一郎 /モンドトリップ

motocicleta スペイン語でオートバイ。

2006年から2007年。西伊豆で暮らしはじめる前にオートバイで南米を旅していた。当時24歳だった。

その時に撮った写真もまだ残っているので、自分の記憶が曖昧になる前にモトシクレタ日記」と題して書いていこうと思う。

 

旅や、アウトドアで遊ぶことが好きな人であれば憧れの土地であるパタゴニア。

あの有名なメーカーの名前にもなっているほどなので、誰もが一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。

 

絶えず強く風が吹き、どこまでも続く草原地帯のパンパが広がっている。

日本で培われた距離感覚はここでは通用せず、毎日オートバイで走っていても周りの風景はほとんど変化しない。

毎日、東から陽が昇り、そして西へ沈んでいくだけの毎日を走り抜けていく。

 

 

エクアドルで買った150ccの中国製オートバイ。

どうやらホンダのエンジンをコピーして作られたようだけれど、車体の精度はひどく低く、フレームさえもボキボキと折れた。

いつも工具と、応急処置のための色々な長さのボルトや針金を積んで走り、頻繁に破断するエンジンマウントを町に着くなり修理工場で溶接してもらう。

幸い、どんな小さな町にも車体を直してくれるメカニックがいた。

 

 

トラブルの絶えない中国製オフロードバイク

 

「どこまで行く?」

 

「ウシュアイア」

 

「Fin del mundo!!(世界の果て)」

 

簡単な溶接くらいならほとんどタダか、とても安くしてくれた。

そして時々、ボラれた。

 

フエゴ島へ 海峡を渡る

 

子どもの頃に読んだパタゴニアの本の中に、

牛が風で飛ばされたり、離陸した飛行機が風に押されて空中で止まってしまう、というのことが書かれていた。たしか椎名誠だったか。

さすがにそれは大袈裟なのではないかと思っていたけど、実際パタゴニアへ来て見ると、風の吹く方向にオートバイを停めないとすぐに倒されるし、いつも風に寄りかかれるほどの強い風が吹き続けていた。

そして「小」をする時も風向きを考慮しないと、すべて霧状になったモノが自分の顔にかかる。

 

https://www.instagram.com/p/CArOdUoH036/?utm_source=ig_web_copy_link

 

日本でも強い風は吹くが、それは台風の時のようにあちこちから、色んな角度で風が巻くように吹く。

ここパタゴニアは、台風並みの風が一定で、しかも同じ方向に吹き続ける。

だから「風に寄りかかれる」ことができる。

 

ここでとても不思議で、おそらく地球上でパタゴニアでしか体験できないようなことが起きた。

パンパの中を真っ直ぐに続く道をオートバイで走っていると、ある時、風が突然に止んだ。

狂い気味のスピードメーターの針は、フラフラと時速70㎞あたりを指している。

アクセルを開けて走っているオートバイの上で無風の状態。

 

 

絶えず吹く強い風で、曲がって育つパタゴニアの木

 

エクアドルの闇市で買った、ごわごわとした防寒具。肩のあたりが解れ、いつもヘルメットに鬱陶しいほど当たっていたまま放っておいた布の切れ端も、いまは動かない。

風を切る音も止み、聞こえてくるのは自分のオートバイのエンジン音だけ。

オートバイで走ったことがある人なら判ると思うが、風を切りながら走っているはずなのに、ありえない、無音に近い状態。

試しに路肩に停まってみると、相変わらずの強風が進行方向の真後ろから吹き続けていた。

どうやら時速70㎞で走るオートバイと、同じスピード、同じ方向に吹く風とシンクロして一緒に走っていたようだ。

 

 

このまま道は曲がりくねることなく直線に続く。

ふたたびオートバイで走る出すと風は少しずつ止み、また無風になった。

まるで真空空間を移動し続けている気分。

風の抵抗が無い状態なら疲れにくいだろうと思い、そのまま走る続けることにしたが、しばらくすると、エンジンの調子が悪くなってきた。

どうやら空冷エンジンなのに、冷却フィンに風が当たらないのでオーバーヒート気味になってしまったようだ。慌てて路肩へ寄せる。

停まると強風が吹いているのですぐにエンジンは冷やされた。そしてまた走り出して無風になるとオーバーヒート。これを繰り返す。

一定で吹き続ける強風と、真っ直ぐな道がないと起きない事象だった。

 

 

あまり変化のない毎日だったが、パンパを抜けてフィヨルド地帯に入ると、入り江から入り江、山から山を繋ぐ移動に変わる。

でもそこでもパタゴニアの『果て感』は続いていた。

 

 

 

 

船と機関車の墓場

 

マゼランやビーグル号の苦しい旅の記録は今でも読めるけれど、パタゴニアの自然はいまだに人の力を跳ね返しているようだ。

 

 

ペリト・モレノ氷河 Glaciar Perito Moreno

 

走り疲れると、よく道の脇の草むらで昼寝をした。

放牧された牛たちが遠くに見えるだけで周りにも人の姿は見えない。

昼寝から目が覚めると、必ず、あれだけ遠くに見えていた牛たちに囲まれている。

草を食みながらじっとこちらを見ている。

好奇心が強いのか、単に暇なのかどうかはわからないが、なぜか毎回、囲まれている。

 

それとトラックドライバーたちに昼寝を邪魔された。

だいたい、

「生きてるか?!」

と、聞かれる。

道の脇でひっくり返っていると死んでるように思われていのるかと思ったが、オートバイはスタンドを立てて停めてあるし、これは完全に暇つぶしの相手をさせられているようだった。

よくタバコとビールをもらった。

 

 

これは2006年から2007年に、アメリカのロサンゼルスから中米やカリブを周り、南米をオートバイで旅した記録です。

時系列は無視して、気ままに書く。

自分の記憶が薄れる前に、アーカイブしておきたいのです。

 

次の記事はこちらがテーマ。

 

 

アンデス・パタゴニアの原野釣行を書きたいと思います。

それでは、また。

 

この記事を書いた人

松本潤一郎
松本潤一郎 junichiro matsumoto

株式会社 BASE TRES 代表
西伊豆の山を【まわす】BASE TRESのシャチョー。幼稚園を中退する輝かしい学歴からスタートし、中学はもちろん不登校。修学旅行の積立金を返してもらったお金でテントを買い、一人旅へ出掛けるようになり早々とメインストリームからドロップアウト。
17歳にはヒマラヤのトレイルを歩きはじめ、その後カラコルムやアンデスへ。南米大陸をオートバイで走りまわったあと西伊豆へ移住。ギターを弾いて飲み代を稼ぐのがライフワーク。

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