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真っ直ぐな人 白石康次郞さん②

2019.2.16 / 囲炉裏端ハルヲ /

松崎港へたどり着く=恩人:岡村彰夫氏とモンテナイトヨットクラブ=

誰もの運命は、筆舌に尽くしがたい奇跡の積み重ねによる。白石さんにしても、師:多田雄幸氏の不慮の死がなければ「松崎」はなかったし、例えスポンサーに恵まれ「ヨットによる単独無寄港世界一周」を別港から達成出来たとしても、現実なる白石康次郞は別人となっていた筈である。

師:多田氏は、自艇「オケラ8世」をオーストリア・シドニーに残したままの不慮の死であった。売りに出されていたが、白石さんにはお金がなかった。かろうじて父が、3分の1程度なら出資してくれると言う。その残りをスポンサー探しに明け暮れるが、無名の若者に目を向ける企業はなかった。

ここで諦めないのが彼で、初心「世界の海を一周したい」の夢をこの艇で達成しようと決心する。そして自分の意のままに改造、復活させるべく太平洋上を航行していた。でもどの港へ寄港、誰に頼るかさえわからぬ五里霧中の状態であった。

その時、松崎の岡村造船所:彰夫氏の面影が頭をよぎる。ただ漠然と20歳のころ多田氏に連れられ、松崎で会った程度である。まして経費の嵩む改造を懇願できる間柄でない。やがて三崎水産高校時代の岡村造船所製カッターの肉感がよみがえる。確かな職人魂・信頼のよび戻しである。また、石橋校長と岡村造船所の関係も語りぐさで、すでに白石さんの脳裏には彰夫氏は存在していたのだ。

そして白石さんの鋭い海の男の感性は、この人に頼るしかないと決断、土下座して頼み込む。この筋の通った信念を、私に「真っ直ぐな人」と言わせる所以である。

 

▲岡村造船所 ホームページ http://www.om-craft.com/

なお、この艇(スピリットオブユーコー号)復活は、岡村さんだけでなったのでない。忘れたならないのが、松崎港所属「モンテナイトヨットクラブ」のメンバーの存在がある。会長近藤紳・幹事長細田栄作・事務長斎藤公志郞さんなどの面々、また西伊豆青年会議所も加わる。

上架された艇のメンテナンス、改造に余念ない岡村さんへの助力を惜しまなかった。観光協会横に高いアンテナを立て、24時間体制で海上に点在する船に中継を頼み、各種情報を白石さんに伝えることで世界一周がなったのである。

これは近藤紳・細田さんを中心とした共通の「海の男」気質で、それ以前にも「帆船:新日本丸」誘致。清水真澄・山本利興先生、私から歴史の勉強をしての「ヨットによる神津島黒曜石探索」を経験している。

▲岡村造船所付近に浄化された艇を小学生がメンテナンス作業

▲大変お世話になった菊池一蔵医師(中央)・左:白石さん 右:細田さん

▲世界一周のときも、このデザインと同じ旗をなびかせて達成した。

この時、伊那下神社「神明水」を積んで腐らない水であることを立証した。また、スピリットオブユーコー号は「モンテナイトヨットクラブ」フラッグをなびかせて一周したのである。私も、多忙な職人仕事から積極的助力は出来なかったが、陰のサポーターではあった。

 

 

▲世界一周を達成 松崎港へ接岸のスピリットオブユーコー号 歓迎風景

▲浦賀マリーナ停泊「スピリット オブ ユーコー号」とモンテナイトヨットクラブメンバーと私

 2018年 近藤紳(右2)・細田栄作(右)・斎藤公志郞(左)・私(左2)

ここで余談となるが、海洋民族:ポリネシア語に因縁めいた言葉があるので紹介しよう。松崎=「マ・ツタキ」は、『清らかな人の集まるところ、物資の中継地』。また、白石さんが育った鎌倉=「カマ・ク・ラ」は、『日出る国の子供』の意という。偶然とはいえ「日出る国の子供が、清らかな人の集まる松崎へ来て、偉業を成し遂げた」と。なお、茂在寅夫先生に「日本語大漂流」という著書がある。狩野「川、地名:カノー」→軽野「船:カルノ」→「カヌー」に転じたのだという。

なお、私が白石さんから学ぶことは、現実に接した「感動インプット」「勿体ない」「感謝」「誠意をもって救済を求める」「恩返しする」を貫き通す生き方にある。朝起きて大気に接して感じる「森羅万象」を羅針盤として、点でも線でもない「物語」として直ぐさま行動する。生死に直面するので即現場合わせである。

その物語:ストーリー性が彼の「真っ直ぐな人・孤高」となるのである。するなら誰でもが天才となり、「落ちこぼれ」などあり得ない。

現在のような平和の時代がいつまで続く保証はない。天変地異、経済恐慌が間近に迫っていると警鐘をならす人がいる。その時、どう生き延びるかである。少ないカロリーで耐えられる体力をもち、相互扶助の環境・仲間作りをする必要がある。。体験を通しての生き抜く「第六感・最善の選択」を、彼は間接的に教えいるよう思えるのである。

▲世界一周達成したときテレビ出演の父:白石鉱造氏(松崎港にて)

氏は富山県射水市出身で、当市には長八と同じ鏝絵名人「竹内源蔵資料館」があり、私がライフワークとする琵琶湖運河設計図が「射水市立博物館」に現存する。すべてどこかで繋がっているように思えるのである。

 

なお最近、完結した横井弘海氏のコラム「海に挑むヨットマン:白石康次郎 海洋冒険家」に第5回「26歳、単独世界一周:父と恩人に支えられ」があるので一読願いたい。

この記事を書いた人

囲炉裏端ハルヲ haruo iroribata

お陰さま、ありがとうで=平均寿命を超えました。囲炉裏端ハルヲです。 半日百姓・デジカメ散策。三世代循環型社会を理想としています。
町が元気になるよう応援しているつもりです。
82歳の老人、思い残すことなく終わりたいと思っています。
そのため苦言が多くなることお許しください。

2021年10月12日、永眠されました。
いままでどうもありがとうございました。

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